第11番には、ショスタコーヴィチ自らが「1905年」という題名を付けています。 作曲者が生まれる1年前に起きた、血の日曜日事件がテーマになっています。 この曲は、宮殿の前でデモを行っていた一般市民を発砲して危害を加えた事件で、これを契機に民衆の心が当時の皇帝ニコライ2世から離れ、ロシア革命へと動いていったと言われています。 こちらは非常に評価が分かれ、ソビエト連邦側の体制維持への宣伝音楽として使われたという意見と、歴史に残る事件を忠 … 【レコ芸】現代名盤鑑定団・ショスタコーヴィチ:交響曲第7番≪レニングラード≫|2016年7月号 2016.07.26. asyncurl : "/artist/relatedartistinsert/", var config2 = { } 先月発行のレコード芸術2016年7月号【現代名盤鑑定団 199「ショスタコーヴィチ:交響曲第7番《レニングラード》」】に≪大阪フィルハーモニー交響楽団(2015年11月27、28日 大阪フェスティバルホールにてライヴ収録)≫の記事が掲載されました。 カラヤンは、ショスタコーヴィチの交響曲ではこの「10番」だけを2回録音している。1回めが1966年で、2回めがの1981年盤だそうだ。「第5」なら分からないでもないが、なぜ「第10」なのか。一説によると、「第5」についてはカラヤンがムラヴィンスキーの演奏を聴いて、自分にはとてもできない、と脱帽してしまった、という話しがあるらしい。 インバル&ウィーン響/ショスタコーヴィチ:交響曲第11番《1905年》《1905… コンビニ受け取り送料無料! Pontaポイント使えます! | 交響曲第11番『1905年』 インバル&ウィーン交響楽団 | ショスタコーヴィチ(1906-1975) | 国内盤 | CD | COCO-70826 | HMV&BOOKS online 支払い方法、配送方法もいろいろ選べ、非常に便利です! ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 ニ短調 op.47 名盤. 最近はショスタコーヴィチの11番にハマり中。最近買ったものをご紹介。・ストコフスキー/モスクワ放送交響楽団1958年9月のライブ演奏。方や、同年4月にヒューストン交響楽団でも同じく11番を録音。※キャピトル録音集の中の一枚。演奏レベルはどちらもレベル高。ショスタコーヴィチらしさを求めるなら、前者の方かなぁ。ちょいと音が軽く聞こえる・モノ … title : "お気に入り登録", | TOTO. 1. Pontaポイントもつかえて、お得なキャンペーンや限定特典アイテムも多数!支払い方法、配送方法もいろいろ選べます。本・CDやDVD・ブルーレイの通販ならHMV&BOOKS online!. 定番・名盤 特集一覧 ; 邦楽; ロック/ポップス ... 【ショスタコーヴィチ:交響曲 第 5番/エリアフ・インバル, 東京都交響楽団/ハイレゾ】 1 ... ショスタコーヴィチ:交響曲 第 11番 「1905年」 井上道義, 大阪フィルハーモニー交響楽団. ショスタコーヴィチ交響曲第12番 の ... 1995-09-11/15: 12:46: 10:04: 4:08: 10:08: 37:06 ※録音年月順 (2 records) Cahier de la musique | §交響曲ホーム | ↑ショスタコーヴィチの交響曲一覧 || ←ショスタコーヴィチの交響曲11番 | →ショスタコーヴィチの交響曲13番 | メタデータ(実験) ※個人的な関心で手元の資料を中心に調べたデータであり、網羅的な情報ではありません。入力 … ショスタコーヴィチの交響曲第5番の個人的名盤 . ショスタコーヴィチの音楽は、とにかく非音楽的な観点から評価されがちです。ショスタコーヴィチ本人の半生や暴露、ソビエト連邦の政治と音楽批判は、確かに避けようがないものです。しかし一般人からすれば”だから何?”(So what? 木管楽器が奏でる独特の甲高いトリルの響きと力強いティンパニのリズム、それに続く金管楽器の重低音の響きは迫力満点です! 関西のご年配の方々の中にはテレビドラマ「部長刑事」のオープニング曲として耳にされたことのある方も多いと思います。 まずはこの印象的な第4楽章の冒頭部分をダイジェストで聴いてみましょう。 佐渡裕指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ご紹介した動画は2011年5月20日に開催された佐渡裕の自身初となるベルリン・フィル定 … 文化 culture. また、書誌データの一部は「BOOKデータベース」(著作権者:(株)トーハン/日本出版販売(株)/(株)紀伊國屋書店/日外アソシエーツ(株))の情報です。. 論敦 ちなみに、ショスタコーヴィチの交響曲第11番にも標題が付いている。こちらは『1905年』という。楽章毎に標題が付いている点も第12番と同じだ。第11番は次のような標題が付いている。 第1楽章:「宮殿前広場」 第2楽章:「1月9日」 第3楽章:「永遠の記憶」 }); 交響曲第7番ハ長調作品60『レニングラード』は旧ソ連の作曲家、ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)が1941年に作曲した交響曲です。 第2次世界大戦中の1941年6月、ナチス率いるドイツ軍は突如として不可侵条約を結んでいたソ連に侵攻し、両国は戦争状態に突入します。 監督神髄 名画鑑賞サロン. // お気に入り登録ボタン まだまだ寒い日が続きますが、立春も過ぎれば、少しづつハルの足音、じゃなかった、春の足音が聞こえてきますね。いつまでもロシア音楽特集でもありませんので、今回で最終回とします。そこで取り上げようと思いついたのが、ドミートリ・ショスタコーヴィチです。 ショスタコーヴィチが20世紀を代表する … Posted on 2017年10月30日 by 上乃木 燕二. 高貴なる指揮者』アルファベータ)と手紙を書いている。初演から1年と少しの時間を置いて録られたスタジオ録音盤。この演奏については、また別の評論家のコメントだろうか、同書で「異常に激しい演奏となった。人を恐れさせるスケルツォとフィナーレには、本来の色彩で作曲したというよりは、滴り落ちる赤と黒の大きな一撃で壁にはね散らされた頁がある。(略)金管奏者はあらん限りの音量で叫び、打楽器はオーケストラの残りの者すべてを圧倒するかのように脅かし、ヴァイオリンはもう少しのところで弓の跡の焼け焦げで弦が傷つくほどである」と紹介している。実によくわかる評価である。ムラヴィンスキーの他の録音と比べても金管楽器の鳴り方は異常なほどであり、この激しさは11番の真髄に迫る。歴史的音源である初演盤に続くムラヴィンスキーの貴重な録音であるが、やはり録音状態は現在の視点では難がある。初演盤よりもだいぶ良い状態ではあるものの、全ての熱量をCDに収めることは不可能だろう。録音の過程で捉えきれなかった魅力が多くあったことだろうから、ここは想像力で補う。切れのあるテンポ感、駆け抜けるような疾走感、どこまでも真っ直ぐでストイックなベクトル。これは、ムラヴィンスキーだ。, 時代、歴史を切り取った一場面として、これ以上の演奏は存在しないかもしれない。ムラヴィンスキーの振るショスタコーヴィチはやはり格別だと思い知らされる。何という緊張感。初めてこの録音を聴いたとき、思わず涙が出そうになった。2003年冬に開催された、一柳富美子先生による朝日カルチャーセンターの全5回ショスタコーヴィチ講座でのこと。この日は10番・11番・12番が鑑賞曲だった。レクチャーを受けながら聴いたのだが、2楽章の虐殺場面はまさに身が震えたものです。それにしてもこの録音の悪さ、モノクロのドキュメンタリー映像を見ているような臨場感がある。ここまでの恐怖を感じさせる演奏は他にあるまい。やはりムラヴィンスキーによるショスタコーヴィチ演奏の凄みは格が違う。同曲のレニングラード初演ライブの録音。モスクワ初演は当盤の4日前の10/30、ラフリン指揮のソビエト国立響。当時ソ連では初演は2回あるのが当たり前だったようだが、モスクワが先になったのは十月革命40周年記念として首都が優先されたとの事情があるとのことだ。スタジオ録音盤と比べて、ライブゆえの燃焼度が高く、初演を任されたムラヴィンスキーの真剣度と興奮が伝わってくる。ジャケット写真は、雪の街並を歩くコート姿のショスタコーヴィチとムラヴィンスキーの姿。とてつもなく格好良い。, ロストロポーヴィチのアプローチは極めて深刻である。どろどろと深く感情を侵食するような不安に満ちている。例えばヤルヴィとは正反対の演奏で、このテンポの遅さがロジェヴェンに近いかと言えばそれもまた違う。ロストロポーヴィチの場合は、より主観的な苦しみや悲しみが表現されているように思う。「何をそんなに大げさな」と思われるかもしれない。いや、だが違うのだ。ぜひ味わってほしい。このロストロの演奏を、濃密な世界観を。1楽章の、この暗さをどう表現しよう。重苦しいティンパニの音色を。どんどんテンポを落としていく2楽章の絡め捕られるような虐殺はどうだ。虐殺場面でさえ、「そう簡単には逃がすまい」とばかりに、「ロストロポーヴィチの手」とでも言うべきものが上空からにゅっと現れて捕まえられる感じ、つまり、我々が想像できる演奏が単なる情景描写に過ぎなかったと思わせるほどの、運命的なサウンドがある。3楽章で見られる、一寸の希望の光の何と美しいこと。そして「悪のテーマ」たる打楽器の不気味なこと。当WEBサイトで挙げた11番のベストCDにはそれぞれの魅力があって、ヤルヴィがその疾走感とひたすら格好良いオーケストレーションを鳴らしきる業にあれば、ムラヴィンスキーはまるで記録映画のような残酷極まりない客観性に、そしてロストロポーヴィチは個人的な情念にその音楽を手繰り寄せた「世界のかたち」とでも言うべき生々しさにある。楽譜の改変とまではいかなくとも、半ば強引にテンポを変えてみたり、最後の鐘を止めずに余韻を残したりと、様々な演出をしてみせるが、それでもこの完成された世界観ゆえに説得力がある。私の個人的な体験で言えば、私自身が初めてこの曲を演奏した機会に、これまでに聴こえなかった様々な音が聴こえてきた。これはロストロポーヴィチの11番に近付く体験であった。, ミヒャエル・ザンデルリンク全集、ついに11番であるが、これまでのディスクと同様にコントロールの効いたバランスの良い演奏であり、1番からの音色の一貫性は本当に素晴らしい。暗めの響きの中に、メリハリの効いたテンポ感。そして、このある種の落ち着きとでも言うべき佇まいは、冷たさや冷静さとは異なる。そして、ミヒャエルの11番はティンパニが実に良い仕事をしている。特に3楽章。全集全般的に、ティンパニはスネアやトライアングルのような特筆するインパクトはないものの、ややデッドな感じの渋い音色は気に入っていたが、11番ではティンパニが最も効果的に聞かれる。素晴らしい存在感。テンポは相変わらず速めの設定で、2楽章も落ち着きを持ちつつ難易度の高いテンポで虐殺に突入する。食い気味で強打のスネアも良いが、大太鼓のフォルテが凄まじいことに。最近、我が家のオーディオを低音重視のチューニングにしていることと、少し離れた位置でウーファーをしっかり鳴らしていることもあって、大太鼓の一音一音に部屋が揺れるような感覚。1楽章、3楽章の響きはこのミヒャエルとドレスデン・フィルの魅力そのもので、ミシミシと密度の濃いもの。そこにティンパニや大太鼓が重なるとまさにショスタコ・ワールド全開の世界観に包まれる。4楽章はこれまた快速テンポで始まるが(それにしてもミヒャエルの全集におけるテンポ設定は、時折ややオーバーな演出もあるものの、いずれも「まさにこれだ!」という感じ)、無理のない管楽器の鳴りと余裕のある弦楽器の響きの中で進行していく。ティンパニはここでも存在感のある主役のような立ち位置にあり、本当に感動的。この全集の中で最もティンパニ+大太鼓の組み合わせに感動する一枚。やはりショスタコはこうでなくては!練習番号176以降の警鐘は、ミヒャエルにしては遅めの展開。木琴と弦楽器のユニゾンの四分音符が短めに演出され、リタルダンドした上で176に入る。そして鐘はチューブラー・ベルではなく釣鐘。最後は止めずに鳴らす。スタジオ録音盤でこのように素晴らしい11番に出会えたことに感謝である。納得の一枚である。, 凄まじい切れ味、鋭いテンポ感、贅肉のない引き締まった各楽器の力強さ、いずれを取ってもコンドラシンらしい素晴らしい演奏。隙間を全て埋めるような演奏、と言ったらいいか。つんざくような鋭い響きと、まさに間髪入れないスコアを埋めるようなショスタコーヴィチの「合いの手」的なオーケストレーションの醍醐味を味わえる。しかしながら、難点は録音状態にある。楽章ごと、そしてあちこちで録音のバランスがかなり異なる。当時の録音だと考えればそうなのだが、この素晴らしい演奏を前にそれで割り切れないものもある。2楽章の虐殺のスネアは、右側から異常なまでの近さで届いてくるが、4楽章ではバランス良く(ん?)届く。コンドラシンの11番に触れる機会は現時点ではこの一枚しかないだけに、実に悔やまれる。, ハイティンクらしい生真面目な構成による説得力にあふれた一枚。いわゆる西側の演奏としていち早く交響曲全集を完成させたハイティンクだが、この時代にコンドラシンやロジェストヴェンスキーの全集と並んで、まるで劣らぬ魅力があるのは、機能的な演奏精度と尖ったサウンドゆえ。メロディヤと比べてデッカの録音は聴きやすいが、83年の録音なので2020年代では古い。しかしこの乾いた響きがハイティンクの振るショスタコーヴィチに実によく馴染む。バリバリと鳴るオーケストラの鋭く強烈な響きが素晴らしく、打楽器もスネアをはじめ直線的で妥協のない引き締まったサウンド。要所で聴かせる大音量のロールは、まさに音響の洪水。とてつもない存在感。11番は革命歌の引用などドラマチックな旋律が聴かれるが、ハイティンクにとっては余計な感情を挟む余地はあるまい。当然ながら革命交響曲であるわけがなく、純器楽的なアプローチを見せ、その真っ直ぐさこそハイティンクのショスタコーヴィチの魅力である。透徹感さえある冷ややかな雰囲気は、スコアから自然に放たれるものなのだろう。いつもながらハイティンクは真面目な演奏で、決して感情的にならず、全ての楽器をバランス良く鳴らし、一つの交響曲の在り様を示してくれる。, はっきりしたテンポ感、拍感を持った演奏で、細くキンキンと鳴る録音が強烈な一枚。しっかりとした造形で細部まで端正な音作りが行われているのがわかる。N響の技術、サウンドも素晴らしく、2楽章などは速めのテンポで突き進むが、ドキドキするようなドライブ感が魅力的。細部まで粒立ちの良い演奏と、この細い録音によって頭痛がするようなインパクト。高いピッチでカンカンと鳴るスネアは、音色のクリアなティンパニとの相性が良い。警鐘は写真によればチューブラー・ベルを2台立てているのが確認できるが、豊かな響きでよく届く。そして、ここまでやるかという銅鑼である。当演奏のMVPと言っていいのではないか。ロジェストヴェンスキーとはまたまるで違ったタイプの演奏だが、ある種の凄惨さが伴う。1992年に日本の指揮者とオーケストラでこのような演奏があったことは、実に感慨深い。さすが、北原先生のショスタコーヴィチ。まるで芸能人のようなルックス(北原先生は遠目にも高貴なオーラを発しているのが見える)からは想像もできない激しい一枚。北原先生の振るショスタコーヴィチは、アルトゥスからの都響との5番や、N響のTV放送などでいくつか録音を聴くことができる。また、個人的には何度か奏者としてアマチュア・オーケストラでご一緒したことがあり、ショスタコーヴィチも2回ほど演奏の機会があった。リハーサルでご指導いただく数々のコメントから、ショスタコーヴィチへの並々ならぬ思いを感じたものだ。, 井上道義が大阪フィルの首席指揮者として振った最後の定期演奏会のライブ録音。プログラムは11番と12番。この2曲を連続で聴くことができるのは格別の喜びがあるに違いない。日比谷公会堂全曲演奏でも、名古屋フィルと11番・12番を連続で演奏している。2曲同時演奏へのこだわりは井上道義らしいもので、12番もぜひ2枚組でCD化を望みたいところであった。エクストンの大阪フィルの録音は、ショスタコーヴィチでは4番、7番、11番、そしてロシキル序曲が残されており、いずれも力強く繊細な名演と言える。当盤は全曲演奏以来のCD化だが、全体的に引き締まった筋肉質な演奏で、TV放送された2019年10月5日のNHK交響楽団との演奏に近い。骨太なサウンドと、上から下までしっかりと聴くことのできる優秀録音によって、ショスタコーヴィチの魅力が存分に伝わってくる一枚。ドラマチックでエネルギーにあふれる。録音の良さもあって、重厚感ある響きが素晴らしく、各楽器が伸び伸びとよく鳴っているのがわかる。それにしても強烈な金管楽器や打楽器が特徴的で、ソビエトのオーケストラのようでもあり、つまりショスタコーヴィチ自身がイメージしたオーケストラのサウンドに近付けようという解釈なのか、非常に好感が持てる。2楽章や4楽章などの爆発力はそれはもう凄まじいもので、現代の日本のオーケストラでこのような演奏を聴くことができる喜びは比類ない。2楽章の虐殺は意外にも速めのテンポを取っており、音響の坩堝に飲まれる。まるで祈りを託すかのような崇高な4楽章の響きは、この曲の解釈、魅力を表している。4楽章の鐘はチューブラー・ベルだと思うのだが、オーケストラの圧倒的な音量の中に埋もれていて存在感がない。井上道義は、日比谷全曲での名古屋フィルのときは打楽器を左配置し、チューブラー・ベルは最も客席に寄せていた。N響のときも左配置だ。実のところチューブラー・ベルはイメージほど音量の出る楽器ではないので、様々な工夫が求められる。, 精緻な演奏で、1楽章や2楽章冒頭の弱奏の弦楽器の響きが美しく整っており、細部までぴたりと合う素晴らしさは、アンプのボリュームを上げてみるとこのアンサンブルの精度がよくわかる。全曲を通してこの丁寧さは貫かれており、やや感情的な表現が目立つ同曲の演奏において、異質とも言えるほどクール。「無駄な響きを削ぎ落とした」と言うべきストイックな録音には非常に好感を抱く。全体的には遅めのテンポを取っているが、木管楽器のソロの味わい深さも格別で、この遅いテンポの中でどっしりと構えた安定感のある演奏。弦楽器や木管楽器を中心に、ギシギシと軋むような高密度の演奏であり、全集中でも評価の高い一枚と言えるだろう。打楽器も大変魅力的で、特にスネアの深く芯の鳴る木胴と、余計なノイズを排除するように締め上げられたキツいスナッピーは中毒になる。スネアのPPでの装飾音符付きの刻みと弦楽器のアンサンブルなどは息を飲むほど美しい。ティンパニや大太鼓、銅鑼といった低音の打楽器も実に奥深く、そして余計な残響のない録音で心地良い。4楽章は釣鐘を用いており、ピッチによって音色のバラつきはあるものの存在感は十分。余韻を少し残す。バルシャイの11番は実に丁寧で雑味のない演奏だが、一方、感情的な強奏を求めると幾分のもの足りなさもある。金管楽器もチューバやトロンボーンをはじめ高密度の良い音色を聴くことができるが、例えば練習番号146の7小節前のトランペットなどは力を抜きすぎて迫力に欠ける(この部分は曲調が明るくなるためか、ムラヴィンスキー盤のように力を抜いてふわっと仕上げる演奏もあるのだろうけれど)。いずれにせよ、聴いたあとにはあれこれと何かを語りたくなるような魅力的な演奏であり、バルシャイ全集の特長が存分に表れている。ブリリアント・クラシックスが国内に入ってきたときに極めて廉価(2,500-3,000円程度)で発売されたショスタコーヴィチ全集であり、多くのファン、またはショスタコーヴィチに関心はあるものの交響曲全曲までは聴いたことがないといった層が手に取ったと思われるが、この充実度、完成度には驚かされる。これまでもバルシャイは14番の名演や弦楽四重奏曲第8番の編曲が知られていたが、ヴィオラ奏者として培った視点は、一見、金管楽器や打楽器が派手なショスタコーヴィチの交響曲において独自のスタンス、こだわりが感じられる。なお、バルシャイは同じブリリアントからマーラー10番の編曲を録音しているが、このバルシャイ版の10番はショスタコーヴィチの息吹を感じるもので、私はどの版よりも当然バルシャイ版が好きだ(ショスタコーヴィチは同曲の編曲依頼を断った経緯があり、またバルシャイに編曲を勧めていたりもする)。, キタエンコの全集中でもかなり充実した演奏に思われる。透き通った弦の響きも美しいし、骨太な金管低音も相変わらず力強い迫力。2楽章の描写も大変ドラマチックで、アッチェルしながら虐殺に突入する様子にはニヤリとさせられたりもする。4楽章は最も素晴らしく、冒頭部から尋常ではない意気込みを感じる。テンポも安定しているし、録音は文句がない。打楽器もいずれもキタエンコらしい職人的な傾向があり、銅鑼の響きなどは録音の良さもあって格別の美しさ。ティンパニも打撃音を強調し余韻を短めに切る部分などあるが、それでも録音の深みがそれを不自然なものにしていない。4楽章の鐘は釣鐘を用いており、大きくて重い音色。オーケストラが消えたあとも鐘の余韻のみ残しているが、こうした演出も当盤では違和感なく聴ける。, プレトニョフが…!素晴らしい演奏だ!ピアニストとしての評価はさておき、指揮者としては、これまでの録音を聴く限りでは私はあまり興味を抱かないタイプの演奏であった。ライブ(あ、バレンタインデーだ)録音だからなのか、これまでの印象を覆す情熱的な演奏になっている。これはもう、今までの不敬罪をお許しくださいと請うばかりである。私としては、どうしたってこの曲はスネア中心に聴くことになってしまうのだが、ロシア・ナショナル管のスネアの素晴らしいこと(このCDの発売時にいくつか同オケの録音が出ているが、同じ奏者であるならば、その演奏の燃焼度は間違いないだろうから、早速注文してみよう)。音色も素晴らしい。これはエーテボリ響に次ぐスネアだ。一方でティンパニは心意気は買うがちょっと不安定。演奏そのものは結構散漫な感じで、途中で何となく飽きてしまうようなメリハリのなさ、緊張感のなさがあり、曲の持つ凶悪で残虐な恐怖感はロシア巨匠勢には及ばない。しかし、それでもスネアの健闘と、テンポ感が良くて力を抜いて聴けるところを推したい。さらにはSACDなので、録音が素晴らしい。ボリュームをぐんと上げて聴きたい一枚である。, ナショナル交響楽団とのスタジオ録音盤との比較ということになると、どうしても分が悪い。ナショナル盤の魅力を「生々しい世界観」と書いたが、それはあの重苦しさがあってこそのもの。ロンドン響盤には、あそこまでの粘着質なサウンドがない。ナショナル響とロンドン響を並べれば、ロンドン響の方が充実していそうなものを、一歩敵わないのである。金管がパリッと鳴りすぎるのかなぁ…。しかし、ロストロ節が健在であることも強く言っておこう。虐殺の重いテンポはさらに強調されており、アラルガンドの強烈なことこの上ない(ここまでくると不自然に聴こえる)。ところで、この11番に始まったLSO自主制作盤のショスタコ・シリーズは5番、8番と続き、ANDANTEからは4番、15番と出たので「もしやロンドン響によるロストロ新全集か!?」と期待していたのだが、叶わぬ夢となってしまった。, 2019年の最新録音である上にセッション録音のSACDとあって、素晴らしい音響でこの交響曲を味わうことができる。フィンランドの指揮者、ヴァイオリン奏者というストゥールゴールズの演奏は当盤にて初めて聴いた。まるでソビエト時代のオーケストラが現代に蘇ったかのような、統率された響きの中に野太く荒々しい演奏が聴かれる。さすがBBCフィルといった安定した演奏と、ずっしりと重く聴かせるテンポ感と豊かな響き。ジャケットのイメージがぴったりで、旧ソ連の雰囲気を引き出している名演ではないかと思う。例えばヤルヴィやムラヴィンスキー、北原幸男のような快速テンポで駆け抜ける11番ではなく、ロジェストヴェンスキーやロストロポーヴィチまでとは言わずとも、ここはじっくり重く聴かせたいというタイプの演奏では、素晴らしい録音と安定感がある。弦・管・打のバランスも良く、この濃密な響きには、この曲の様々なタイプのそれぞれの演奏が好きな愛好家にも満足であろうと私は思う。この曲で重要なスネアは、どっしりとした音色ながらテンポは前向きに嵌っており、11番の表題性を表している。なお、4楽章の鐘は「通常のオーケストラ用チューブラー・ベルではなく、ロイヤル・リヴァプール・フィルから貸し出された4つのチャーチ・ベルを使っている」とのこと。聴いてみると、真っ直ぐに響いて減衰しないものだから、まるでデジタルのような違和感を覚えるほどの存在感。最後は止めずに響かせる終わり方。, 意外なところで名演発見。スネアの音色が特徴的で、スネアというよりはテナー、あるいはフィールド・ドラムといった感じ。2楽章のソロではそれが違和感があってどうにも馴染めないが、4楽章は実に見事にはまっている。全体を通しても4楽章が素晴らしく、特にラストの辺りはゾッとするほど盛り上がる。テンポは終始ほとんど揺れず、機械的な印象も受けるがそれが恐怖度を促進させ、何とも凄惨、残酷な雰囲気を作り出している。シュウォーツは交響詩「十月革命」や叙事詩「ステパン・ラージンの処刑」でも名演を残している。, ウラディーミル・ユロフスキーは、ショスタコーヴィチの映画音楽をはじめ数々の名録音を残しているミハイル・ユロフスキーの息子で、1972年生まれ。ヤルヴィやザンデルリンクの息子たちも頑張っているが、こうした若い世代の指揮者の活躍は本当に心が躍る。巨匠時代は過ぎ去り、彼らの遺伝子を引き継いだ次世代のクラシック指揮者たちの演奏表現はどこか共通するようなストイックさがあるように感じる。当盤もひたすらストイックな真っ直ぐな響きと、引き締まったロンドン・フィルのサウンドが素晴らしい。録音もクリアで、現代で演奏する11番の価値を改めて感じさせられる。巨匠たちの濃厚でアクの強い演奏とは異なるが、アタッカでつながるこの大曲の輪郭をしっかりと感じることができる。安定したテンポ感とリズミックな打楽器の活躍も素晴らしい。ショスタコーヴィチのスネアは、例えば「ダダダッ」と装飾的に16分音符(または8分音符)が付く箇所や、「ダダダダダッ」と連打する箇所においては、個人的には小節の拍頭でなくても入りに重心を置いて「>型」であることが望ましいと思っているが、当盤は比較的「<型」で拍感のある演奏となっている。, ロイヤル・フィルがいつになくロイヤルじゃない音を出している。秀逸なのはその音色で、どこか暗くて緊張感のある響きはショスタコーヴィチらしい。それでいて、強奏部になるとRPOの超優秀な金管軍団がバリバリと攻めてくるわけです。特に4楽章は引き締まったサウンドが素晴らしい。さすがにアンサンブルも良い。ジョルダニアという指揮者はあまり知らなかったが、他にもショスタコーヴィチをいくつか録音しているので聴いてみたいと思う。, 交響曲全曲録音プロジェクト中のネルソンス。4番と11番のカップリングで2枚組という夢のようなディスクだが、ボストン響の素晴らしい響きと技術を味わえる録音。素晴らしく統制された演奏であり、11番にありがちな危なっかしさ、ヒートアップして暴走するような混乱ぶりは見られない。スコアをじっくり見ながら聴いてみると、別のディスクで慣れ親しんだ耳にはとても新鮮な演奏。ネルソンスのこの度の録音において特徴的なのは、圧倒的な技術力に支えられた「余裕」にある気がしているが、この11番も例外ではなく、アタッカでつながった全曲をとてもスマートに演奏してみせる。スネアは可愛いぐらいにピッチが高くて軽やかなので、初めて聴いたときにはこれはショスタコーヴィチに求める泥臭い芯の太い打楽器とは違うなどと思ったものだが、2周目を聴くときにはちょっと気に入ってしまって、しばらくするとクセになる感じの面白さ。これも技術力に裏打ちされていて、音のまとめ方やテンポ感が抜群。それにしても、ボストン響の明るい響きや圧倒的な技術力、余裕ある鳴りっぷり、統制ぶりにはブラボーと言わざるを得ないだろう。ショスタコーヴィチをアメリカのオーケストラで聴く楽しみを存分に味わえる一枚である。4番同様にライブ録音からの編集ということだが、圧倒的な高音質と、コントロールされた演奏技術によって安定感抜群の録音。, 期待のケーゲル選集より11番。録音日に注目。ラフリンの初演から約半年後のライヴである。ケーゲルのショスタコーヴィチと言えば「ステパン・ラージンの処刑」の名盤がまず思い起こされるが、東ドイツの巨匠であり、ドイツのオーケストラと東側文化の溶け合う良くも悪くも歪な時代を代表する指揮者であろう。録音状態は良好。若干気になる部分はあるにせよ、ムラヴィンスキーのライヴ盤に比べれば遥かに良い。演奏内容も充実している。デジタル時代の11番にはない切羽詰ったどうしようもない緊張感がある。こうした雰囲気は非常に大事だと思う。テンポも速めで、その焦燥感のようなものに拍車を掛けている。いつもながら弦楽器のものすごい弾き込みに圧倒される。また、木管楽器の脳天を直撃する高音が、ある種の人間には非常に心地良いはずだ。ライヴ一発録りであるが、完成度は高い。細かなミスはあるものの、ほとんど気にならない。気になると言えば、多少スコアをいじっているところか。ケーゲルはこの11番に限らず、選集を聴いた限りではちょこちょこと楽器編成を変えている。打楽器を付け加えている例では、5番の終楽章コーダで鐘が鳴るのが面白かった。音程の悪い鐘が(まあ鐘とはそういうものだが)、ゴンゴンとティンパニ・ソロに被っていた。11番では打楽器ならばサスペンデッド・シンバルを何カ所かに加えているのが目立った。思わぬところで聴き慣れない音が混ざっているというのも変な感じだ。これはやはり慣れないと思う。, ラザレフはあまり音盤では知られていないものの、もっと評価されてよいはずの指揮者である。しばしば来日して素晴らしい演奏を披露している。ボリショイ時代のラザレフの演奏はロジェヴェン並みに豪快、コンドラシン並みに切れ味があった。何せ、ムラヴィンスキーがレニングラード・フィルの後任に推薦した男である。私は幸運にもかつてTV録画したリムスキー=コルサコフの歌劇「ムラーダ」(ボリショイ劇場)の映像が手元にあるが、素晴らしいコントロールの超名演である。そのラザレフがついにスコティッシュ管と録音したショスタコーヴィチ。決して鈍重にならない深い鳴りと、一方で随所に聴かせる鋭い響きが素晴らしい。2003年に日フィルを同曲で振っているが、解釈はそのときとほとんど同じ。オケの性能が違う分、また手兵を率いてのスタジオ録音である分、当盤の方が細部まで丁寧に繊細に仕上げられている。2、4楽章での燃焼度も高く、ラザレフがこの曲をショスタコーヴィチの中でも特に重要視している様子が伺える。録音も良い。そして、すごいのは演奏だけではない。見よ、このジャケットのセンス。素晴らしいではないか。白黒写真を後から彩色する、この独特の雰囲気。昔の映画のポスターみたいな味があるし、パルプ的な安っぽさが実に良い。それから、曲名表記の必要があるので、無機質なデザインになりがちな裏面。この大胆な構成。脱帽である。ラザレフのこのポーズは何なんだ(指揮をしているところの写真ではない)。左手をかざし、うつろな目つき。マジシャンか教祖か。指揮者の写真をジャケットに配したものは数あれど、ここまで超越したものもあるまい。胡散臭いジャケット大歓迎である。, アシュケナージは、交響曲全集をロイヤル・フィル、サンクトペテルブルク・フィル、N響と録っている。その多くがロイヤル・フィルであり、この11番と7番がサンクトペテルブルク・フィル、4・13・14番がN響という組み合わせ。4番はロイヤル・フィルとの名盤があるが、全集にはN響盤を収録。というわけで、当盤はサンクトペテルブルク・フィルとの録音。オーケストラはあふれんばりのエネルギーで凄まじいが、それを爆発しきれずにどこか抑制しつつ、今にも決壊しそうなアンバランスな印象の演奏である。統率を欠いた印象であるものの、随所に魅力的なサウンドが聴かれる。, 実に堂々とした演奏で、BBC響の力強く華麗な響きを味わえる一枚。ライブ録音とのことで、ラジオ放送からの音源のようだが、日常的にこうしたクオリティの高い演奏を聴くことのできる英国のクラシック音楽の浸透度が羨ましい。切れのある金管楽器群と、華麗で豊かなオーケストラの響きが魅力的。食い気味のスネアをはじめ、打楽器も好演。突出した特徴があるというわけではないが、ドラマチックで勢いのある演奏。, スネアが気になる一枚。安定感と素晴らしい音量で、存在感のあるスネア。ここぞというときにビシッと決めてくれる。オーケストラのパワー不足は否めない。特にソビエト勢の演奏に聴きなれてしまった耳には、管楽器の弱さがこの曲には迫力不足か。, これまでまったくノーマークだったクライツベルク。旧WEBサイトにて情報をいただき、オランダ・フィルとのCD-Rライブ盤を聴いた。ややオーバーな味付けながら、この勢いには圧倒される。もう180パーセントぐらいの力で限界を超えている感じで、圧倒された。とても真っ直ぐに、ストレートに奏者のエネルギーがぶつかってくる。当盤はモンテカルロ・フィルとの録音。前述のオランダ・フィルとのライブと比して落ち着いていはいるものの、実に緻密に構成されたクライツベルクのショスタコーヴィチを聴くことができる。, デプリーストは11番を2種録音しているが、深い味わいで実に丁寧に作り上げられている。録音はどこか霞みがかったようだが、それがむしろこの演奏の特徴のようにも思えてくるものがある。大きく構えて泰然とした佇まいは、この録音ならではの魅力だ。雄大に鳴るヘルシンキ・フィルのサウンドも素晴らしい。, オーケストラの技量が素晴らしく、手堅い演奏。実によくオーケストラがドライブしており、軽やかで煌びやかな響きがフィラデルフィア管の魅力を伝えてくれる。一方、あまり録音の多くない同曲において、ソビエト勢や日本のアマチュア・オーケストラによる演奏と比べると、どこかもの足りなさを感じるのも事実。, カエターニ全集からの11番。実に丁寧、そして軽やかに演奏するカエターニ全集の特徴がある。SACDの素晴らしい録音によって、オーディオ好きにはまた別世界があろうものだが、演奏上の特筆すべきは4楽章の鐘。どこから持ってきたのだろうかという、釣鐘の音色がゴンゴンと響く。編集ならではの表現かもしれないが、これは他の録音では聴けない。驚くべき鐘の存在感。, ライブ盤。気になるのは全集盤で圧倒的な存在感を示した鐘だが、当ライブ盤は特にどうということはない。やや耳に痛い音色ではあるが、通常の演奏であろう。一方、全集盤よりもアグレッシブな熱量があり、ぜひ聴いておきたい一枚である。, 当WEBサイトは、ソ連の作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチの交響曲を中心としたCDレビューおよび考察、情報交換を目的に2003年9月に作られました。活動休止期間を経て、現在はWEBサイトの再構築をしています。CDレビューを通して、ショスタコーヴィチの音楽の魅力を紹介できればと思います。, CDレビューは、原則として、主観で5段階の推薦度を付け、4以上のものを掲載しています。, あなたもジンドゥーで無料ホームページを。 無料新規登録は https://jp.jimdo.com から.

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